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Evernoteと情報カード。

 「知的生産の技術」を実践するなかで、Evernoteの存在が一番頭を悩ませた。

evernote.com

 しかし、この1ヶ月に渡る実践を経て、Evernote情報カードの使い分け(あるいは住み分け)が少しずつわかってきたような気がする。今回は、その「わかってきたこと」について書きたいと思う。

 「紙媒体なんてもう必要ない」と言う人は多いかもしれないが、情報カードを使う利点はそれなりにあると考えている。

 情報はすべてEvernoteに放り込む。

 興味深いと思った記事を見つけたら、それらをすべてEvernoteに放り込む。ただ放り込むだけでなく、印象に残った部分にはハイライトをつけるようにする。後から読み返すときに、目を通すべき部分がすぐに判別できるようになるからだ。これを怠ってしまうと、記事の最初から最後まで目を通さなければならなくなり、後から2回、3回と読み返す意欲が削がれてしまう。

 また、タグ付けも忘れてはならない。1年もたてば、蓄積される情報は膨大な量になる。「後から何度も見返す」ためにデータ管理するのであって、データ管理自体が目的ではない。

情報カードに記録するのは「自分に関する情報」だけ。

 自分に直接関係しない事柄については、情報カードに記録しないようにする。

 たとえば、「なぜフランスではゲイが極右を支持しているのか」という記事に強い関心を抱き、そこから得た情報がどんなに興味深いものであっても、それを情報カードに記録してはいけない。そんなことをしていたら、カードを保管するスペースも時間も足りなくなってしまう。

 現時点で、私が情報カードに記録しているのは次の4つ。「やりたいこと」「やったこと」「日記」「抽象的なもの」。基本的に、この4つ以外は情報カードに書かない。

 「やりたいこと」には「観たい映画」「読みたい本」が含まれる。そのほかにも、「大阪の裏難波に行きたい」といったように「行きたい場所」を記録しておくのもいいし、「朝起きる時間を1時間早めて、その時間を読書にあてられたらどんなに素敵だろう」とふと思いついたら、それを記録するのもいい。

 「やったこと」には、観た映画や読んだ本の記録が含まれる。作品のタイトルだけでなく、その作品がいつ作成されたものか(出版日、公開日)や、いつそれを読み終えたのかも忘れないように記録する。

 「日記」は情報カード1枚に収めるために、客観的事実しか記録しない。より詳細な事実や感想が書きたければ、それとは別にEvernoteに記録する。

 「抽象的なもの」とは、普遍的法則や考えるヒントのことをさしている。本を読んでいる途中で、さまざまなことに応用できそうなものを見つければ、それを記録するといい。考えるヒントの例としては、次のようなものがある。

 この世がニヒリズムつまり「無意味」である、と自覚することは、決してむなしいことではない。この世のさまざまなものや出来事に、われわれが意味を与えることができるからです。(佐伯啓思『学問の力』p.58)

 

 以上4つのなかでも、特に「抽象的なもの」は知的生産を行なう土台となるものだから、すぐに手の届くところに置いておきたい。そうして、Evernoteのなかで埋もれさせるより、情報カードに記録しておく方が合理的だと気づいた。

 情報カードに読み終えた本の記録をつけるようになり、わかったことがある。どれだけの数の本を読んできたのかが、カードの分厚さに示されるのだ。文字通り「手にとるように」わかる。この感覚がたまらない。しかしその一方で、まだまだ読書が足りないという現実も突きつけられる。

(1384字)

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